元親友と言っておきながら、私は必ず彼女のブログを見てしまう。
もうキライだとか悪口を言いながら、気になってしまう。
それは私がいい人だからでは決してなく、
彼女が私を突き放した、その後の人生が間違った方向に進んでいるかどうかを確認したいからなのではないかと思う。
私がいなくなった後の彼女の世界。
それは同じ病気を持つ仲間たちに囲まれ、甘い言葉をかけあう世界。
かつては私もその中のひとりであった。
ひとり欠けたくらいでは、彼女の世界に影響なんてものはない。
そう思いながらも見てしまう。
彼女に私を必要としている場面があるんじゃないかと期待してしまう。
私の存在の大きさを彼女が認め、私を突き放したことを過ちだったと後悔する場面が表れてほしい。
そんな期待をしてしまう。
あるとき、彼女はできたばかりの彼氏と大喧嘩し、落ち込んでいた。
私は声をかけようかと思ったがやめた。
コメントを書く欄に、いくつもいくつも言葉が出てきて、とりとめがなくなってしまう。
中には、彼女を励ます言葉もあり、彼女を貶す言葉もあった。
私がかけたいのはどちらの言葉なのだろうか。
最終的にわけが分からなくなった。
私が言いたいのは、彼女が間違っているということ。
彼女は間違っている。そのことに自分で気づいていない。
他の誰も気づいてない。
元親友である私だけが、彼女の言い分を理解し、説明できる力を持っている。
甘えた言葉しか発さない「ブログ友達」などとは違って
的確に息の根を止めてやる言葉、怒りに火を注ぐであろう言葉を熟知し、それらを駆使し
彼女の甘えた根性を叩き切り、清浄な道を示す力を持っている。
でももう遅い。
彼女は私をブラックリストに入れただろう。
「自分を傷つける敵」
だから、もう心を開かないし、聞く耳も持たない。
本当にそうなのか、試してみることはできる。
でももう遅い。
私もまた彼女をブラックリストに入れたから。
「そうまでして助けてやる価値があるかどうか」
私には今後も見極める時間が必要なのだ。
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